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スタインベック「二十日鼠と人間」の表象世界

こんにちは。
海藤です。


今回はアメリカのノーベル文学賞作家であるジョン・スタインベックの小説「二十日鼠と人間」について書かせていただきたいと思います。スタインベックはアメリカの風土や文化の面でのダイナミズムを象徴するような作家ですが、この作品が大きな話題となったことにより地歩を固めたといえます。そのように出世作となったこの記念碑的作品の内容はというと、二人の移動労働者・ジョージとレニーの物語であり、親友同士である彼らの大きな夢が様々な体験を経たのちに、悲劇的な事件によって破綻する、というものです。この作品はその悲劇に至るまでのプロセスと人間関係を描くことに重点を置いており、活写されるそうした労働者たちの人間性や激情というものと、どこか牧歌的なものとが混交した世界観を呈しています。登場人物たちの動きを追っていくような演劇的構成になっているのも、そうした独特な空気感のために一役買っています。


のちの「怒りの葡萄」や「エデンの東」といった壮大な世界観の大作の先蹤ともなった作品といえるのですが、先に述べたように表現方式は独特です。そうした描出の方法で、作品を通して段階的に淡々と形成されてきた親友二人の幸福と夢の実現への道筋が、不測の事態によって破局に至ってしまうのですが、日本の近代文学でいえば国木田独歩「運命論者」「竹の木戸」の幸福の結実や安定といったものへのアンチテーゼと似ているところが見えなくもありません。単純化のような肥大のさせ方をすれば、フランスの作家のエミール・ゾラの「居酒屋」などの冷徹なゾライズムを思わせるところもあります。


作品のバックボーンにあるのは、進歩と生産性を重んじるアメリカのお国柄とその中の静謐のようなのですが、斜めから読み込むと先に述べた独歩やゾラのような人生論・運命論的なものを思わせるところが肝心です。日本やフランスとの文化的相違のように、アメリカとロシアでは醸成されてきた国民性も精神風土も違うのですが、トルストイズムを想起させるものがあるのもまた否定できません。トルストイは人間主義・理想主義を標榜しましたが、その一方で「懺悔」の中において己の人生に対する深い自省と悔悟の念を描いています。そうした人生の不条理に対する内省というものがトルストイに特徴的なものですが、同じ精神風土においてドストエフスキーは「罪と罰」の中で、人間の信条が行き着くところまで行ってしまった不可逆性を鋭く描いているのです。そうしたロシア文学のシンボリックなものに内在する、不条理に対する内省と不可逆性のアイロニズムという二つのものを玩味したような味わいがあるのが、スタインベック「二十日鼠と人間」の一つの醍醐味であるように思われるのです。それはスタインベックの作品のある種の深甚さ、敬虔さということでもあります。そして、どこかそうしたロシア文学的な要素を加味したかのように、この「二十日鼠と人間」においては運命の残酷さと人生の迷妄とが、合理的な布置構成をとって淡々と進められているのです。そのことがかえってドラマの迫真性を高めているといえます。


ここで少し観点を変えると、作中でのジョージとレニーの夢と、それにまつわる悲劇の描き方には、むしろそれが感情論的なものではなく、人生における摂理や教条といったものではないかと思わせるものがあります。そのことに鑑みて、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの述べていたことを勘案してみたくなるところもあるのです。因みにショーペンハウアーの哲学は一種の人間哲学の色合いが濃いです。ジョージとレニーの夢想していた、いつか二人で農場を始めるということは一種の表象であり、その状況を知覚表象としての「環境」「境遇」が取り巻いていたといえるのです。ジョージとレニーの夢は、表象世界の中にあった主観的な想像表象であり、それは彼らの意思に依拠するところが大きく、そこでショーペンハウアーの形而上学的なところと人生論的なところの混合物が大きな意味を持ってくるのです。幸福になるための人生という一種の幻想のようなものが、ジョージとレニーの想像表象と意思の世界です。そして、農場の老人と協力して彼の持っていた金と自分たちの金を軍資金に、といった形で表象世界に客観性が付与されたわけです。つまり、そうしたことが想像や意思の世界ではなくなった時に破綻するしかなかったという人生の皮肉な真理を、この作品は示唆したかったのでしょうか。表象世界や主観・客観といったものは、常に相互に連関し合っていて、戦っている状態にあるのです。「二十日鼠と人間」には、そのような苛酷な人生論が描かれていて、トルストイズムの人間主義・理想主義と、形而上学の皮肉な摂理との両義性を孕んでいる作品であるといえるのです。


スタインベックについての専門書はいくつか出ていますし、「スタインベック全集」などは買取額も高く文化的価値としてはタイムリーです。「二十日鼠と人間」は新潮文庫などで読めますので、興味のある方は一読をお勧めします。

2019年2月6日 本買取ダイアリー [RSS][XML]


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